東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1456号 判決
控訴人は東京地方裁判所昭和二十二年(ワ)第一七七二号家屋明渡借地権存在確認請求事件について昭和二十五年十月二十一日同裁判所の言渡した判決に対し控訴を提起したが、控訴人の原審における訴訟代理人弁護士藤原繁夫が原判決の送達を受けたのは同年十月二十八日であつて、本件控訴状が当裁判所に提出せられたのは右送達の日から二週間を経過した後である同年十二月十八日であることが本件訴訟記録によつて明らかである。
控訴代理人は右控訴期間の不遵守は左の事由によつて控訴人の責に帰すべからざるものであるから適法期間中の控訴とみなされるべきものである。即ち原判決の正本は昭和二十五年十月二十八日右藤原弁護士に送達せられたのであるが、同弁護士は同年九月二十五日脳溢血症の急激な発作によつて突如昏睡状態に陥り意識不明となりこの状態が約十日間も続き本件控訴を提起した同年十二月十八日においてはやや小康をえたが、なお絶対安静を要し、面会並びに書き物を見ること、事件の相談等思考を要することは一切医師から厳禁されている次第である。右判決正本はかような状態にある中にその家族によつて同弁護士の名において受領せられたのであるが、もとより同人は判決の送達のあつたことを知らず、またこれを知るもそれを理解することができない状態にあつた。しかるところ同月十三日夜たまたま同弁護士の頭の調子がよかつたのでその次男馨が医師の禁を破つて同人に対し他のこととともに右判決送達の事実を告げたところ、同弁護士ははじめて右の事実を知り、驚いて病床から家族をして控訴人に電話をかけさせその旨通知し、控訴人もようやく判決送達の事実を知つたのである。以上の次第で控訴人の原審における訴訟代理人藤原繁夫並びに控訴本人が原判決の送達の事実を知り、控訴を提起しうる機会をえたのは同年十二月十三日夜のことであつて、控訴人はその後一週間以内である同月十八日にこれが追完のため本件控訴を提起したのであるから右控訴は適法であると主張するによつて審按するに、控訴本人の審尋の結果並びに控訴代理人提出の診断書(医師隅越徳太郎作成)、陳述書(藤原馨作成)の各記載を綜合すれば、控訴代理人が本件控訴期間懈怠の事由として主張する事実はすべてこれを認めることができる。しかしながら当事者から訴訟の委任を受けた弁護士はその職務の重要性に鑑み、常に周到な注意をもつてその委任事務の処理に当らなければならないことは謂うまでもないところであるから、疾病その他不慮の事故のため自ら執務することができない場合をも予想して、あらかじめその事務員または家族等に対しかかる場合の臨機の措置を指示し置き委任事務の処理に万全を期すべき義務あるものと解するのを相当とする。本件において控訴人の原審における訴訟代理人藤原繁夫が昭和二十五年九月二十五日突然脳溢血症に倒れ、前述のように本件控訴期間の最終日である同年十一月十一日までにいまだ執務しうる状態に立ち至つていなかつたとしても、前掲控訴本人の審尋の結果並びに陳述書の記載によれば当時同弁護士方には同人の妻、成年の長男及び次男馨(東京大学卒業)等が同居しており、且つその妻及び次男が右判決正本の送達のあつた事実を知つていたことが認められるから、もし同弁護士においてその家族に前述のような注意を怠らなかつたならば、家族等は右判決正本を閲覧して控訴人に対し敗訴の判決のあつたことを通知するか、もしくは原審における相訴訟代理人であつた大高三千助、同訴訟復代理人であつた坂野英雄両弁護士(原判決にその旨の表示のあることは本件記録中の原判決原本によつて明らかであるから、その判決正本にも同旨の表示のあつたことは疑がない。)のいずれかに通知してその後の措置について指示を受けることもできた筈であるが、藤原弁護士の家族等はかかる措置に出でず、そのまま放置し、同年十二月十三日に至つてはじめて同弁護士に対し右判決の送達のあつたことを告げたので同人の知るところとなり、同弁護士の指示によつて控訴人にもその旨通知せられ、控訴人もようやくこれを知るに至つたのであるが、時すでに本件控訴期間を経過した後であつたことは前述のとおりである。しかも藤原弁護士がその家族に対し前述のような注意を与えていたことについてはこれを認めるに足る証拠がないから、本件控訴期間の懈怠は控訴人の原審における訴訟代理人であつた藤原繁夫の過失に因るものと解すべきであり、この場合控訴本人に何らの過失がなかつたとしても民事訴訟法第百五十九条に謂う当事者の責に帰すべからざる事由によつて不変期間を遵守することができなかつた場合に該当しないから、控訴人は右懈怠した控訴提起行為を追完しえないものと謂うべく、控訴代理人の右主張はこれを採用することができない。
さすれば本件控訴は期間経過後に提起せられた不適法の控訴と謂うべきであり、しかもその欠缺はこれを補正することができないものであるから民事訴訟法第三百八十三条によつて本件控訴を却下すべきものとし、訴訟費用の負担について同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)